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合気道 雄神会 稽古日記

和の心

あちゃー、一年間ずっとほったらかしになっちゃってましたね、このblog。
皆さんお元気でしたか?

僕の方は相変わらずヒィヒィ言いながら合気道やってます。

いやあ、言い訳しちゃおうと思うんですけどね。こんなにほったらかしにしちゃったのをね。
こう、なんて言いますか、僕みたいのが合気道についてアレコレ言っちゃっていいものか、なんてことをね。
毎回思うわけですよ。

中にはいらっしゃいますよ。名刺に「武道家」なんて書いちゃう人とかね。
僕なんかはと・て・も・おこがましくって何かの加減でもし武道家なんて口走ったらその場で舌咬んで土下座しますけどもね。
「自分は武道家である」と。そういうふうに自分が何者であるかという確信をもって武道家と名乗り合気道なんかの武芸にいそしんでおられる方はいらっしゃいます。
そういう方々を良く知っているからこそ、武道・武術と言うはるか高い山のですね、裾野の端っこの田んぼのタニシくらいの僕程度のモンがヤレ合気道はこうなんだ、なんてことを語っていいものかと。

いっつもそんなふうに思っているわけですよ。
「自分はライダーだ。バイクに乗っていようがいまいが、自分はライダーとして生まれライダーとして生きている」
てなことは思っていました。速いとか遅いとか乗ってるとか乗ってないとかは関係ない、俺はライダーだ。と。
そう思ってはいましたが「自分は合気道家だ」なんていう確信はなんにもないわけですよ。

ところがですねえ。
夢に見ました。

合気道をやってる夢ですよ…

僕はバイクに乗ってる夢は見ますけど、合気道をやってる夢なんて見たこと無かった。
それがですねえ…

夢の中で、多人数相手にもみくちゃにされてるわけです。

チクショウ、技が出ねえ、さばけねえ
このやろう
せめて掴んで崩して間合いを
ああダンゴになっちまう、足でさばいて

てなところで目が覚めました。

目が覚めて
ああ。僕はどうやら合気道をやる人に、いよいよなったのだなあ、と。
田んぼのタニシでもなんでも、書かなくてはいけないのであろうなあと。
思ったのであります。

実は僕は合気道で言うところの「和の心」なんてものに関心はありませんでした。
スポーツをやるから、武道・武術をやるから心が養われるのだ、などという言い方なんてまるっきり信用していなかった。
今でも額面通り受け取っているわけではないのですけど。
最近、逆説的に和の心について考える機会がありましてね。

Twitterで、合気道クラスタのある人が女性向けの護身術の相手を探してたことがあったんです。
面白そうだし、時々Twitter上で見かける合気道家さんなので何か協力できないか、やろうとしてる場所はどこなのかと声をかけたんですよ。
そしたら何の返事も無く、他の人に自分の道場の男がどれほど受けがヘタで女の子の扱いがダメで役に立たないか延々と語ってるんです。僕向けの@もつけたままでね。
しばらく見てたんですけど、さすがに「協力できることは何もなさそうなので@は外してください」って失礼したんですけどね。

いやー、協力しなくて良かったです。
あれだけ自分の道場の若い人をクソミソに言ってるてことは、もし僕が参加して、かの合気道家さんの気に入らなかったらどんだけボロカス言われるでしょう。

てか、自分の道場の若いモンを指導できないから「受けがヘタで女の子の扱いがダメで役に立たない」わけですよね。
自分の道場の者を指導できないのに、どうして初心者の女の子を指導できるんでしょう。
何を教えるっていうんでしょう。

僕はそれまで合気道の教え、和の心なんてまともに受け取ってはいなかったんですが、なるほど、こういうことかと気づかされた印象的な出来事でした。

稽古相手に感謝せず、事あるごとに見下す言動をすれば、相手からの技も容赦はなくなるでしょう。
相手も指導を聞き入れず、上達もままならず乱暴な稽古になるでしょう。
結局その人の不満は、自分の至らなさの鏡だったんじゃないでしょうかね。
ましてや仲間内には不満を言い、他人を無視していては、協力者など現れないでしょうし、もし現れても成功はしなさそうです。
助けの手を振りほどいていることに気づかないんだから。

稽古っていうのは相手があってこそできるものなんですね。
僕は教わる時には先生に感謝し、人に教える時には見下さず、人に応じて加減のできるようになろうと思います。 それが自分が高まる近道なんでしょうね。

 

 

 

いつかやっつける合気道やれるようになりたいんですけどね!

袴考

「剣道やってる女の子は袴の下にパンツ穿かない!」と村上もとかのマンガ「六三四の剣」で覚えた皆様方、いかがお過ごしですか。俺です。

アレ読んで「袴履いてる女の子はみんなノーパン…うえへへへ」などと妄想を滾らせている若者の夢をぶち壊して申し訳ありませんが、そもそも袴履いているのでパンツ穿こうが穿くまいが関係ないじゃないですか!どんな女子もパンツの下はノーパンです。
いや、ムキにはなってません。騙されたとか思ってません。
合気道で袴履いてる女の子にうえへへへとか思ってません。
詮索はやめたまえ!(血涙)

残念ながら僕が行っている雄神会では袴はほとんど履きません。
お一人だけ袴を履かれる方がいますが、男性も女性も、ほぼ柔道着です。
もし袴を履くにしても柔道着の上から履きますので、何を勘違いしてもどうにもなりません。

大体八木先生が袴を履いてませんからね。
履いちゃいけないってワケでもなくて、段位があれば履いていいんですけども。
なんだかんだで結局誰も履いてませんねえ。

もともと袴を履くと、足運びがやりにくくなるんですよ。裾を踏んづけたりもしますしね。
それをなんで袴を履くか、と言えば一つには「足運びを隠すため」なのであります。
足の運びや仕草をわかりにくくして、敵に次の動作の判別をさせにくくしたんですね。
これって合気道に限らず、他の格闘技にもあるみたいですね。
中国拳法で、ゆったりしたズボンを履くのは、やっぱり足運びを見せないように、ていう意味があるという話を聞きました。
同時に筋肉のつき方をゆったりした着物で隠して、どんな技が得意なのかを類推させにくくした、なんて意味もあるみたいですね。

この「筋肉のつき方」っていうのもあながち考えすぎではないんじゃないかと思いますね。
先日、駅を歩いていたら向こうからミニスカの女子高生が歩いてきましてですね。
目で追うじゃないですか。つい。
したら「この子に近寄ってはならぬ」と信号を受信しましてですな。
ミニスカから見える足と歩き方。これハイキック来る!
と。

そりゃ来るわきゃないんですけど、そんな具合に足運び、筋肉量、動きのテンポでそれなりに「あー、この人はこういう動きが得意なんだろうなあ」なんてものはなんとなくわかるわけですよ。
嘘だと思ったらスポーツ施設で歩いてる人見てみたらいいですよ。
合気道やってる人、中国武術やってる人、ボクシングやってる人、陸上やってる人、それぞれみーんな歩き方や体の動作の仕方が違うから。

でまあ、雄神会で稽古やってる身としてはですね。
そういう足運びを仲間に隠してもしょうがないわけでね。
むしろ見せなきゃいけない。誰がどんな足運びをしているかよく見て、ダメなら直さないといけません。
そのためにも袴はめったに履かないのでありますよ。
もちろん、いざという時には履いて戦うのが良いんでしょうけどもね。
足運びを隠すだけでなくて、袴を履くことによって姿勢の矯正もしますのでね。

袴 腰板

(引用「男の着物大全」)http://www.kimono-taizen.com/know/hakama.htm

袴の腰の部分に腰板というパーツがありまして、整体の先生によれば、これで腰を支える・圧迫することによって姿勢を矯正し「体をまとめる」効果があるとのこと。
慣れれば袴を履いていたほうが動きやすくなる…らしいです。

僕はまだまだ袴を履くほどの技術は無いですけどね。
雄神会では成人は三段以上でないと袴を許されませんので。
(まあ許されても誰も履いてないわけですが)

でもでも、先生。
合気道やってる女の子が袴を履いてるのは、アレは効果ありますよ!
ばつぐんですよ!
先生、女の子には積極的に袴を履かせましょうよ。
アレに憧れて合気道始める女子は多いんですから!
みんな由美かおるみたいになれるってそそのかして会員増やしましょう!

合気道は受動的な武道?

ども。
皆さん暑いですけど元気に稽古してますか?
いやもうこちとらバテバテですけどもー

さて、皆さん、合気道っていうとどんなイメージ持ってます?
僕がもともと合気道に興味を持ったのは、やっぱりスマートでカッコイイと思ったからです。すまんね単純で
曰く「気で倒す」。曰く「和の心」。曰く「相手の力を使う」。 とかとか。
超能力みたいな力を使ったアメージング・ブシドー!サムラーイ!ニンジャ!の技だと思ってました。
ちょっとした読み物を読むと「開祖の植芝盛平は新興宗教の大本教の教祖、出口王仁三郎とともに満州に渡って馬賊相手に大活躍!撃ってくるピストルの弾を避けた」とか「殺気が白い光になって見えた」とか「ケネディのボディーガードを焼き鳥にして味噌つけて食った」とか、オカルト情報誌「ムー」に出てくるようなエピソードが一杯あるわけです。
昔、飯田耕一郎って人が書いたマンガで超能力者の女性主人公が合気道で神秘の技を発揮した、ってのもあったし。
なんか思想的なものがあってインテリっぽくてカッコイイと思ってました。

そういうふうに合気道をいろどる話の一つに「合気道は攻撃しない」ってのがあるわけですよ。相手が攻撃してきた力を利用して相手を制するんだ、って話。
悪い奴が襲ってきたら、その力で相手を懲らしめるんだ。護身術なんだ、ってわけ。
実際そういうふうに教えている所も多いですし、「平和的な武道」ってみんな思ってると思うんですよ。教えてる人、やってる人も含めてね。
まあ確かにそういう面もありますけども。

でもまあ、こう、ぶっちゃけて言うと、それって違うんじゃないの?と思い始めたわけです。

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塩田剛三については聞けない

Twitterで、友人 @jinnki_orig との会話の中で、僕が塩田剛三について自分の先生に話を聞けない、ってのがあってね。

僕が習っている雄神会の八木先生は塩田剛三先生の内弟子だった人で、直伝を授けられたばかりか身の回りの世話、風呂に入れば背中を洗う役まで仰せつかった人なわけですよ。
すでに養神館を出て一流派を名乗ることを許されているのですが、今でも養神館の方の相談を受けているくらい縁があるんですけどもね。
てことは、僕は聞く気になれば<あの伝説の>塩田剛三について話を聞く機会はいくらでもあるんですよ。
八木先生は塩田剛三に憧れて養神館に入り、今でも塩田が好きだと仰りますからその人となり、エピソード、養神館を取り巻く状況なんかを聞こうと思えばいくらも聞けるわけです。ひょっとすると世間に知られてないことだって聞けるかもしれない。先生も別にもったいぶったりしないしね。
でもねえ、そういうのを聞く気にならないんですよねえ。
jinnki_orig と話したときには「恐れ多くて」と表現しましたけれども、よくよく考えると少し違うんですよね。ってか、恐れ多い、に前段があるってかね。

僕が合気道を習ってるってことは、強くなるためなんですよ。少なくとも合気道が上手くなるために稽古をしてるわけ。
でも、僕が合気道がヘタだっていうことと塩田剛三が強かったっていうことには何の関係もない。
でね、塩田先生のエピソードを聞いて、自分の合気道の糧になるかって言ったら、なるワケないんです。
あのね、塩田剛三がどんな練習したかとか、どんな心構えで臨んでたかっていうことは聞くことはできるかもしれん。でもそれが俺の合気道の何に影響があるの?ってことなんですよ。
俺が塩田剛三と同じように練習をするのか。俺が塩田剛三と同じ心構えを持てるのか。
いやいやいや、なんかの参考になるっていう領域ってさ、稽古に対して持てる力の全て、全身全霊を打ち込んでもう自分の能力を超えた先の超人の生き方をヒントにしたい、ってことになるんじゃないの。
あるいは「参考にする」って言い訳は、稽古をろくすっぽやってない自分の今の能力さえ測る事が出来ない程度の人の、単なる自己満足なんじゃねえの。

今の自分の能力からしたら、自分の先生は魔法使いなんですよ。
もし戦ったら3秒で手足もがれてケツから手ェつっこまれて表裏反対にされるくらい差がでかい。参考にするっていうのは、もう少しレベル差が近づいてからの話なんです。
僕レベルの人間が塩田先生の話を聞いても、それは自分の好奇心でしかないし、そんなのは合気道に対して動機が不純ですよ。
合気道の話を目の前にいる八木先生じゃなくて、さらに塩田先生の話を聞くっていうのは、八木先生に対しても塩田先生に対しても失礼に思えますしね。
八木先生はざっくばらんな方なんでそんなことは思われないでしょうけども。もしかするとご機嫌でお話してくださるのかもしれませんしね。ただ、俺がそう気にするって話で。

うまくなる、強くなるためには、今の先生に従って真面目に稽古することです。
実際俺はそんなに真面目じゃないし、コツコツなんてできない三日坊主の怠け者なんですよ。
だから塩田先生の話は、なかなかこちらからは聞けないんですよね。先生が話してくれたら、そりゃもうありがたく聞くんですけどねww

骨を折る

nomaddaemonの方に「骨を折る」というエントリをしたのですが、合気道の技から見た「骨を折るということ」について考えてみましたよ。

数ある合気道の動画の中でまずは僕の師範である八木先生が教わった、塩田先生の動画ですが。
この動画の39秒~50秒に「座り技から抑え」の流れがあります。
抑え1  ①左の脇にはさんで投げる
抑え2  ②
抑え3  ③少し力を緩めて相手が起き上がろうとするのを助けるww
抑え4  ④起きてきたところを…
抑え5  ⑤
抑え6  ⑥
抑え7  ⑦肘を誘導して…
抑え8  ⑧
抑え9  ⑨ひっくり返すwwww
抑え10  ⑩投げたときに脇ではさんだ腕はそのままロックしている
抑え11  ⑪
抑え12  ⑫
抑え13  ⑬
抑え14  ⑭
抑え15  ⑮
この抑えの時に骨を折る(脱臼させる)ことができます。⑩~⑮の流れの中でですね。
肩でも脱臼させられるし、肘は逆関節に極められたらけっこう簡単にいっちゃいます。
稽古の中では極まったらそこから先はやりません。わずかな捻りでいっちゃいますので。

さて、ここで実際に折るか、っていう話。
僕は「相手を戦闘不能にするためのリアリティとして実際は確実に折る」って思っていました。
んが、稽古の中で先生は「ここは折っちゃいかん」と仰いました。
「人徳のための合気道」とか言わない先生なので、きょとんとしておりますと。
「折ったら逃げられちゃうだろ」
「抑えるんなら折っちゃダメだ」

…いや、なかなか… こう…おもむきのあるお言葉でwww

稽古を重ねてまいりますと、僕にも少しづつこの辺の機微がわかってきました。
例えば三か条(合気会では三教)を極める際、しばしば初期動作で相手の指先を握ります。
指先なので折る気になれば、指一本だけを握って逆に捻れば、力の弱い人でも大抵の人間の指を折ることは可能でしょう。
でも、もし折ったら、そこでオシマイなんですよね。そこで技が外れちゃう。
折らないからこそ相手を誘導できるわけです。
誘導するってのは偉大です。三か条の場合、体勢が極まれば、小指を相手の手のひらに引っ掛けるだけで相手を投げたり抑えたりすることができます。
相手の指一本じゃ、戦闘能力は奪えないわけですよ。相手が大男だったら逆襲に会うかもしれない。タックルなんかされたらたまりませんよ。
指一本を極めつつ誘導することで体全体の自由を奪う。だから折らない。

奥が深いですなあ

二段の憂鬱

どうも。
もう一年もほったらかしになってましたが。
こう、なんと申しますかね。

合気道は相変わらず続けております。
正式とはとても言えませんが合気杖術もモタモタ始めましてな。
合気会の練習にまで行き始めましてな。(*1)
多いときは週3本の稽古をしております。時間と密度はまた別の話ですけども。
稽古量は増えているのに。時々は動画を撮ってたりしてるのに。
blogへのエントリがないのはなぜか。

ええ。ええ。二段が邪魔をするのですよ。

白帯、茶帯の時は何を言っても良かった。所詮シロウト。盆踊りに毛が生えたくらいのもんで風呂敷広げようがトンチンカンなこと言おうが失笑される程度のこと。
初段をとって黒帯になってちょっと風向きが(俺の脳内で)変わった。
やっぱ変な発言をしたりしたら僕が通っている道場が批判されることになる。
二段を取った今となっては、ヘタなことを言ったら今度は道場だけでなく合気道そのものを変な目で見られることになる。
二段つったらもう「シロウトの白帯」「趣味の茶帯」「記念の黒帯(初段)」ってワケじゃないからね。「合気道をやってる人」って意味だからね。
いや、これ、俺の脳内の話じゃなくて、実際そう言われたから。
「nomadさん、二段取ったらもうシロウトじゃ済まないですよ。合気道家としてどうなんだってことですよ」
俺、思わず「すんません今思い出しましたけど二段じゃありませんでした。よく考えたら合気道もやったことなかったです」って走って逃げましたけども。

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二段合格しました

昨日の昇段試験ですが、おかげさまで二段に合格することができました。

うれしいと同時にほっとしています。
昨日は審査会の後、皆で食事をしまして、その席でだいぶお酒をいただいたものですから、家に帰りついたら8時ごろからグースカ寝てしまいましたよ。

自分の審査の前に他の方の昇級審査の受け手をやりましてね。
まあ体慣らしには良いと思ったんですが、なかなかどうして結構な力強い技でしたよ。
Nさん、急にうまくなりましたよ。ホント良かったです。これからも一緒に稽古しましょうね!
Nさんはお子さんの習い事のお供で来られたパパなんですが、ぜひご一緒に、なんて誘ったら次の週から稽古に来てくれましてね。
「ウホッいい合気道」「いいのかい、ホイホイついてきちまって」的ノリでご参加された良い男。
やりはじめたら夢中になったみたいで、稽古だけでなくいろいろ動画を見たり本を読んだりして熱心に勉強されてます。
オタクテイストなところも大変に結構。
うまくなる時は急にうまくなるもんですねえ。
けっこうキビシイ技を受けました。先生がおっしゃるには力も体格も技とのこと。大柄な体を生かした大きな動きは体の柔らかさと合わせて強力な武器になりますよ。
来年は黒帯目指しましょう。

今回二段の審査を受けるのは3人いまして。順番に呼ばれていくんですが、なんだか僕が最後になってしまいましてですね。前の人のを見てるとドキドキしはじめちゃうわけですよ。
あああの技はうまく決まったなあ、とか。あそこはあわてちゃったなあ、とか。あの技は自分のときにも使おうとか。
で、まあ、僕の番ですよ。

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明日は昇段試験なのであります。

もうこんな時間に何やってるのかというと。
眠れないのであります。

やるべきことはやった、とは思うものの、ぐるぐると技が脳裏に渦巻いていて。
今回、2回目の二段挑戦なわけですよ。
それなりに練習もつんだし、一通りつっかえることなくできるようになったつもりです。
不安は無い。
でもねえ、やっぱ、いろいろ考えちゃいますねえ。

段位というものについて書いたり口にしたりするときに、後ろめたい気持ちもあってね。
強い、弱いに段位は関係ないわけですよ。 いや、関係ないって言うと言い過ぎですが、直線的な正の相関ではないってことですわね。
合気道の大きな流派の一つ、合気会では段位を取るのに「どれだけ活動に貢献したか」とか作文提出もあるみたいだし。
今、ここで何ができるのか、ってことのバロメーターとはちょっと違うわけで。
そして段位によってくすぐられるイヤラシイ気持ちもやっぱりあるわけで。

ま、そんな思いも持ちながら、それでもやっぱり段は取りたい。
段位を稽古のモチベーションにしてるんだけど、今まで繰り返したコトを証明したいっつーかね。

とかとか、考えながら。
明日、昇段試験、受けてきます。
他の人の試験の相手もするので、いろいろ忙しいので、無理やりでも寝ることにします。

受かるといいなあ…

1.構え

2.基本動作(指定)

3.半身半立ち四方投げ(一)

4.座り技肘持ち二ヶ条抑え(二)

5.座り技正面打ち正面入身投げ(二)

6.横面打ち腰投げ

7.後ろ両手持ち側面入身投げ(二)

8.短刀取り自由技

9.護身技(指定3本)

1) 前から首を締められたとき
2) 前から殴ってきたとき
3) 後ろから首を締められたとき
4) 後ろから肩を引かれたとき
5) 後ろから衿を引かれたとき
6) 前から袖を持って殴ってきた時

10.指定自由技(指定3本)

1) 両手持ち
2) 横面打ち
3) 正面突き
4) 後ろ両手持ち

11.二人取り自由技

雄神会について

雄神会についての公式情報はリンクもしてある公式Webサイトの方をご覧いただきたいですが、簡単にご紹介を。
雄神会師範の八木先生は養神館で塩田剛三先生の内弟子として修行し、独立して雄神会を開きました。養神館系の合気道ですね。
稽古している場所は2ヶ所。
土曜日 14:00-16:00
東京都 墨田区 錦糸公園内 墨田区体育館 柔道場
墨田区体育館公式web
連絡先:平山 03-3600-5830
日曜日 13:00-14:30
東京都 世田谷区 総合運動場内 柔道場
世田谷区総合運動場公式Web
連絡先:岡村 03-3415-2607
時々、時間の変更があったりしますので、見学/参加希望の方は事前にご連絡ください。
もし何かの都合で電話で連絡がとれないようでしたら、僕宛にメールいただいてもけっこうです。
nomad☆nomaddaemon.jp まで。(気休めのスパム対策で@を☆に変えています。メールをお送りいただく際は☆を@に書き換えてください)

素質

僕は40の厄年も過ぎてから合気道を始めたワケですよ。
初手からハンデがあるわけ。
そもそもがヘタレのひょろひょろ青びょうたんでして、子供のころにはいじめられっ子だった。
そのまま成長して立派なメガネのオタク青年となりオタク中年へと順調に進化したのよ。
ハナから運動神経とか期待なんかできない。
それでもね、「今までできなかったことができるようになる」っていう喜びを感じながら、何年か続けてるとだんだんわかってくるね。
なんでもそうなのかもしれんけど、強くなる、うまくなるには理由があるのよ。つまりは素質。
今日はその話を書くから、目ン玉かっぽじってよーく聞け。

1.やめないこと。続けること。

まあ、なんだかんだ言ってもコレだね。
やめちゃったヤツは強くならない。稽古しないヤツは強くならない。
言い換えれば、あなたが今からでも始めるなら、あなたは今までよりも強くなる。確実に。

2.勉強すること。工夫すること。理屈を考えること。

ぼーっとやってても効率が悪い。なぜそうなるのか、どこがポイントなのかを考えながらやらなくちゃ。
稽古してて、大汗かいてぼーっとなっちゃうと、その時練習したことも忘れちゃう。僕は手帳にメモをしてる。「半歩迎えに行く」とか「握られた方の手首を効かせる」とか「投げない。落とす」とか、誰か他の人が読んでもわかりゃしないんだけど、自分にはポイントを思い出す鍵になるから、それで十分。

3.強くなろうという気持ちを持つこと。

うー。このへんになると僕は弱いなあ… やっぱりどうしても甘くなってしまう。どっかで「やられるのがイヤ」「怖い」っていう気持ちが先にたつんだろうなあ。「どんなことしても勝ちたい、やっつけたい」って気持ちになかなかなれない…
自分じゃ必要なときには使えなくちゃ意味が無い、使わなくてはならない、って思ってはいるんだけど焼け付くような渇望っていうかオブセッションが持てないんだよなあ。
以前に試合のある合気道やストリートファイトもやってみろ、と他所の経験者に言われたんですが、気後れしていまだやってません。
でもね、やっててホントに思うけど優しすぎちゃイカンよ。合気道の偉い人が「和をもって云々」って言うけど、そりゃあホントに強くなってからの話。大して強くも無いのに和もヘッタクレもないの。
強くも無いうちからそんなオタメゴカシ言ってたら相手にぶん殴られておしまい。
強くなるためには強いハートが必要だってこと。

以上。

え? 体格とか運動神経とか年齢とか?
そんなもん、豚のエサにでもくれちまえ。
そんなのは、あなたが今日から稽古を始めて、上記の三つをこれでもかとやって、三段、四段の腕前になって、まだまだもっともっと強くなりたいと思ってからの話。
アスリートになる、武術家になると決めてから考えても間に合う話よ。
それまでにやらなきゃいけないことがいっぱいある。

さ、とりあえず後ろ受け身50回。
よーい。
はじめっ

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